2013年11月30日土曜日

学びの極意:アインシュタインが息子に伝えたこと

ネット上でアインシュタインが息子に送ったとされる手紙の記事を見つけたので紹介します。


" 楽しくて時間が過ぎることも気付かないぐらいに熱中している時、それが最高の学びの瞬間だ。"

1915年、36歳のアインシュタインは戦乱のベルリンに住んでいた。一方別居中であった妻ミレヤ、また二人の息子ハンス・アルバート・アインシュタインとエドワード・テテ・アインシュタインは、比較的安全なウィーンに暮らしていた。その年の11月4日、アインシュタインは一般相対性理論に関する二枚の論文を発表し、瞬く間に世界に名を轟かせる有名人となった。そして、アインシュタインは11歳のハンス・アルバートにある手紙を送ったのだ。
親愛なるアルバートへ
昨日、おまえの手紙を受け取り、とても幸せだった。もうおまえが二度とこんな手紙を書いてくれないんじゃないかと不安になるぐらいだったよ。お父さんがチューリッヒに住んでいた頃、おまえは自分がチューリッヒに来るのは決まりが悪いと言っていたね。だから私はどこか別の、誰もおまえとお父さんを邪魔しないような場所で一緒に住んだ方が良いと考えている。そうすれば毎年お父さんたちは一緒に過ごすことができるし、おまえは自分を愛してくれるお父さんを近くに持つことができる。お父さんから多くの良いこと、美しいことを学ぶこともできる。それは他の人からは学べないものだ。お父さんが達成した大変な努力が必要な偉業は、他人の為ではなく、お前たち二人の為に成されたものだ。最近、お父さんの人生の中で最も美しい仕事を終えたのだ。おまえが大きくなったら、その事について教えよう。お父さんはおまえがピアノを弾くことを楽しんでいると聞いてとても嬉しい。ピアノと工作は、おまえの歳では最高の趣味だと思っている。それは学校より大切なものだよ。何故ならそういったものは若い人間に合っているものだからだ。ピアノの弾く時は、好きな曲を弾きなさい。先生にそれを弾けと言われなくても。楽しくて時間が過ぎることも気付かないぐらいに熱中している時、それが最高の学びの瞬間だ。お父さんは時々自分の仕事に無我夢中になって、お昼ご飯を忘れることもあるんだよ....。

お父さんより。



The Secret to Learning Anything: Albert Einstein’s Advice to His Sonより



2013年11月28日木曜日

「アジアは物価が安い」の嘘






アジア移住関連の記事等を見ていると、アジアは物価が安いから給料が低くても十分生活できるなどと言う、甘い文句が綴られているのに気づく。

でも、これは誤解を招く表現である。物価が安いからといって、日本の様な質の高い生活ができるわけではない。確かに現地の自然の恩恵を生かした農作物、魚など第一次産業によって生産されたものや、土地そのもの、水道代等は確かに安い。


しかし、第二次、第三次産業によって生産されるものやサービスについては、世界中どこも値段は変わらない、というよりむしろ日本より高い。

例えばタイで、ホンダのフィット(タイではJAZZというモデルで販売されている)の価格は約200万円程度で、日本より高い。医療に関しても、日本と同等の医療を受けようとすれば、日本より確実に保険料は嵩む。


皿、コップ、箸、机、電卓、パソコン、すべて日本同等のクオリティを求めれば日本以上に高くなるのだ。タイで売られている皿やコップは、確かに日本より安いかもしれない。しかし、それ相応のクオリティだということである。箸なんぞ鍋をつつけばひん曲がるし、電卓はボタンがすぐ壊れ、ペンは1週間で書けなくなる。だからこそ日本製にはブランドがある。壊れないし、長く持つ。
 

それなのに、日本人はタイ製の箸が数円で売られているのを見て、「物価が安い」という。物価が安いのではない。日本製は高すぎて買えないのだ。日本の様な先進国では、モノの品質はある程度必ず保障されているものだと考えるから、モノの品質ではなく、値段を見がちなのだと思う。数円の箸とは、結局、その程度のクオリティなのだ。
 

世界はフラット化されており、物価が安いなんてことはない。日本製の車、箸、コップ、パソコン、ドイツ製の掃除機、スウェーデン製の家具は世界中どこでも値段は変わらない。お金がないから、日本製が買えない。お金がないから、医療が受けられない。お金がないから、安い服を着る。お金がないから、海賊版でDVDを見る。それだけのことなのである。

確かに、アジアは物価が安いから少ないお金で十分生活できるかもしれない。しかし、それだけ生活のクオリティも下がるということなのだ。つまり、アジアに求めるのは物価の安さではない。リラックスした生活、ストレスフリーの人々である。アジア移住の幻想を書いている記事が多いが、アジア移住とはつまり、「生活の質を落とすこと」と、「リラックスした生活」のトレードオフ関係にあるのである。

2013年11月10日日曜日

私がタイで外資系に転職した理由


●外資系への転職
タイに来て早くも1年近くが経とうとしているが、私は早々、そもそもの目的であった外資系の企業に転職した。大学を卒業して以来、やっと自分の思い描いていたキャリアのスタートラインに経てたという気持ちである。それまでの日本及びタイにおける日系企業での就労経験は、ギャップイヤーであり、ポジティブな空白期間であり、そして外資系を目指す意思の再確認期間であった。

●タイでのショック
私が日本を離れてタイに来た理由は、日系企業の文化が苦手で心に異常をきたす程嫌だったからだ。タイに来て意外だったのは、そういった思いを持ってタイに来ている人が少数派であったことだと思う。彼らは日系企業特有の体育会的な、義理と人情を重んじる人間関係についてある程度の理解を示しており、それに対するネガティブな思考が日本を出る原因の一つにはなってはいない。むしろタイにおいても日系企業で働くことを望んでおり(その理由には英語ができないからというのも多数を占めるが)、日系企業でのキャリアを望んでいる。日系企業を差し置いて、特に外資系こそが目標なんだ、と考えている日本人は、少なくとも私の周りにはいなかったように思う。それ故、タイにおいて日系企業批判とは言わないまでも、日系企業特有の文化について語るとき、周りの先輩からは息の根を止める勢いで私の意見の芽を摘もうとする姿勢を感じたものである。彼らがタイに来る理由は、あくまで日本における経済の停滞感、閉塞感への嫌悪感もしくはリラックスした生活及び仕事を求めてやって来ているのであり、企業が有する日本文化に関して特別な感情は抱いてはいない。特に30代、40代、年齢が上に行く程この傾向は強いと思う。現地採用において、日本である程度経験を積んでタイに来ている場合、これはつまり日本において日系企業での経験を積んでいるわけだから、日本的価値観に染まっているというのは自然な事なのだ。20代でタイに来ている場合、日本での就労経験も浅いから、そこまで日系企業的価値観に異常な執着を持つ事はないにしろ、特に外資系に行きたいという人は少ない。

●少数派であることの認識
こういった現実を目の当たりにして、また自らタイにおいて日系企業に勤め、改めて外資系へのモチベーションを高まらせた後で、いよいよ私は外資系に行かなければならないと思う様になった。それに伴って、年配の方から皮肉を言われるようにもなった。日本人がいない会社は大変だぞとか、外資系は結果を出せなかったらすぐにクビだぞ、一方日系企業はそう簡単にクビにならないぞとか、外資系でも飲み会はあるぞ、どこに行っても同じだだとか、逃げているだけだとか、まあその様な厳しい意見を頂いた。結局、そう行った事を言う人の中で外資系企業で働いた経験のある人は皆無で、妄想と嫉妬で感情任せに想像した事を言葉に発しているに過ぎない。私は自分という人間がどういう環境において生きるかということを理解しているつもりだったから、気にも留めないにしろ、自分が如何に日本社会の中で少数派であるかということをしみじみ思い知らされた。

●タイで再出発
外資系で働き始めて、準備は全て整った。行き過ぎた上下関係、挨拶、義理、そういったものは存在しない。皆ライフワークバランスを重視し、フランクで、必要以上な関係を嫌い、仕事上のみでの付き合いを好む。まさに望んでいた環境を手に入れたのだ。雇用形態は契約社員。結果が出なければクビもありえる。その分インセンティブ制度も充実しており、モチベーションを保つには十分な一因である。今後、どうなっていくか分からない。だが、これも自分が選んだ道である。決して後悔せず、自分と同じ様な道を歩みたい人のために道を踏み固めたいと思っている。





よし雫 
自分の信じるとおりやってごらん
でもな
人と違う生き方はそれなりにしんどいぞ
何が起きても誰のせいにもできないからね
 - 耳をすませば


Choose Life - John Hodge

Trainspotting
John Hodge




Choose life. Choose a job. Choose a career. Choose a family. Choose a fucking big television, Choose washing machines, cars, compact disc players, and electrical tin openers. Choose good health, low cholesterol and dental insurance. Choose fixed- interest mortgage repayments. Choose a starter home. Choose your friends. Choose leisure wear and matching luggage. Choose a three piece suite on hire purchase in a range of fucking fabrics. Choose DIY and wondering who you are on a Sunday morning. Choose sitting on that couch watching mind-numbing sprit- crushing game shows, stuffing fucking junk food into your mouth. Choose rotting away at the end of it all, pishing you last in a miserable home, nothing more than an embarrassment to the selfish, fucked-up brats you have spawned to replace yourself. Choose your future. Choose life... But why would I want to do a thing like that?

2013年10月17日木曜日

水五訓 - 黒田官兵衛


一、自ら活動して他を動かしむるは水なり
二、障害にあい激しくその勢力を百倍し得るは水なり
三、常に己の進路を求めて止まざるは水なり
四、自ら潔うして他の汚れを洗い清濁併せ容るるは水なり
 五、洋々として大洋を充たし発しては蒸気となり雲となり雨となり、雪と変じ霰と化し疑っては玲瓏たる鏡となりたえるも其性を失わざるは水なり
-黒田官兵衛

2013年10月11日金曜日

向日葵の咲かない夏

「僕だけじゃない。誰だって、自分の物語の中にいるじゃないか。自分だけの物語の中に。その物語はいつだって、何かを隠そうとしてるし、何かを忘れようとしてるじゃないか。」-中略- 「みんな同じなんだ。僕だけじゃない。自分がやったことを、ぜんぶそのまま受け入れて生きて行ける人なんていない。どこにもいない。失敗をぜんぶ後悔したり、取り返しのつかないからみんな物語をつくるんだ、昨日はこんなことをした、今日はこんなことをしてるって、思い込んで生きてる。見たくないところは見ないようにして、見たいところはしっかりと憶え込んで。みんなそうなんだ。僕はみんなと同じことをやっただけなんだ。僕だけじゃないんだ。誰だってそうなんだ。」

2013年6月29日土曜日

タイで働き始めて半年が経って思うこと〜何故日本でまず3年か?〜



新卒で入った会社を半年で辞め、タイに飛んでからはや半年。既に日本での勤務経験よりタイでの勤務経験の方が長くなってしまった。
そん中、タイで半年働いて分かったこと、特に、何故アジア就職関連の記事等にはまず日本で3年働けといった文句が蔓延っているのかということについて自分の意見をまとめておきたい。

-日本とタイで働いて得られるものの違い-
まず、日本で働いた時に得られるスキルと、タイで働いた時に得られるスキル経験知識には雲泥の差があるということだ。

一般化してしまうと、日本の社会人とタイの社会人では月とスッポンの差がある。それは単純に時間を守るとか、責任感があるとか、そういった次元の話ではない。
例えば営業という職業を例に簡単に言ってしまうと、タイ人営業はどの会社でも単なる物売りにしか過ぎないが、日本人営業はどこ会社に行っても大抵ソリューションを提案できるのだ。
例え売っている物が鉛筆だとしても、日本で勤務経験のある人間はその商品に対して知識を豊富に持ち、顧客の要求を聞き出し、適切なモデルを提案することができる。これはまぎれも無いホワイトカラー層の仕事である。しかしながら、タイ人営業は本当に、純粋に、単なる物売りなのだ。それはむしろホワイトカラー層の仕事と言うよりブルーカラーの仕事ではないか?と思う程ある。顧客より引き合いを受けたら、言われたものを出すだけで、特に提案もせず、価格を出すだけである。価格が高いと言われればそれまでである。価格表や提案書の作成ができるのは相当優秀なタイ人でも多くはないだろう。そういった文化がないし、何故それが必要であるのかが分からないからだ。

日本等の先進国はビジネス文化が成熟しており、あらゆることに対してルールが決まっている。提案書と言われれば大抵の日本人はどういった物を作成すればいいか相互の暗黙の了解があるが、タイにはそういった文化は根付いていない。
もっと例をあげれば、日本人営業は例えば営業のことだけではなく、社会や会社の仕組みをよく知っているし、むしろ営業の仕事だけではなく例えば購買や、経理等の知識を持っている人も少なくなく、それを営業の仕事に生かすことのできる人も多くいる。ビジネスの考え方が蓄積されており、それが非常に浸透しているのである。

何が言いたいのかというと、日本等の先進国で働くということは、世界のビジネス界で戦って行ける十分なスキル経験知識を得られるということである。日本に関しては世界トップクラスだと断言できる。タイという国で5年働いたとしても、身に付くものは日本のコンビニでバイトをするよりももしかしたら少ないのかもしれない。それほどタイの社会人というのはブルーカラー的な要素が未だ強いのである。

-何故日本で3年か?-
アジア就職に関して、まずは日本で3年働けという文句をよく見るのは、つまりこういうことだ。タイで働く3年と日本で働く3年は身に付くものの次元が違う。
幸い、アジアで日本人が働く企業は日系企業がほとんどであるから、日本で働くのと変わりないものを得ることができる。先輩社員に「タイではここは適当になっているけど本当はこうじゃなくちゃいけないんだ」と言ったことを教えてくれる。そもそも日本人同士のビジネスでは「本当はこうなんだけど、タイだからいいや」という暗黙の了解が数多くあり、タイでしか勤務経験がなければそういった暗黙の了解にも気づく事ができず、それを教えてくれる人がいなければはやりビジネスマンとして得られる物は少なくなってしまうだろう。

-アジア就職をどう考えるべきか?-
結論から言えば、アジア就職でも日系企業及び先進国系企業で働くのであれば新卒からでも全く問題ないと考えている。それはいくらタイとはいえ日系企業同士の取引は日本のビジネス文化が自然と適応されているし、タイで育ったタイ人がタイ企業で働くのとは訳が違うからだ。
日本で3年働いてからという方がよりベターだとは考えるが、25,6歳でタイのアジアの給料で満足できるか?という所に論点は絞られると思う。世界で終身雇用という考えは皆無なのだから、まずアジアに出て、国際的な場で働く感覚及びセンスを身につけ、早々に外資系などに転職するという考え方も、アジア就職にはあって然るべきだ