「僕だけじゃない。誰だって、自分の物語の中にいるじゃないか。自分だけの物語の中に。その物語はいつだって、何かを隠そうとしてるし、何かを忘れようとしてるじゃないか。」-中略- 「みんな同じなんだ。僕だけじゃない。自分がやったことを、ぜんぶそのまま受け入れて生きて行ける人なんていない。どこにもいない。失敗をぜんぶ後悔したり、取り返しのつかないからみんな物語をつくるんだ、昨日はこんなことをした、今日はこんなことをしてるって、思い込んで生きてる。見たくないところは見ないようにして、見たいところはしっかりと憶え込んで。みんなそうなんだ。僕はみんなと同じことをやっただけなんだ。僕だけじゃないんだ。誰だってそうなんだ。」
2013年10月11日金曜日
向日葵の咲かない夏
2013年6月29日土曜日
タイで働き始めて半年が経って思うこと〜何故日本でまず3年か?〜
新卒で入った会社を半年で辞め、タイに飛んでからはや半年。既に日本での勤務経験よりタイでの勤務経験の方が長くなってしまった。
そん中、タイで半年働いて分かったこと、特に、何故アジア就職関連の記事等にはまず日本で3年働けといった文句が蔓延っているのかということについて自分の意見をまとめておきたい。
-日本とタイで働いて得られるものの違い-
まず、日本で働いた時に得られるスキルと、タイで働いた時に得られるスキル経験知識には雲泥の差があるということだ。
一般化してしまうと、日本の社会人とタイの社会人では月とスッポンの差がある。それは単純に時間を守るとか、責任感があるとか、そういった次元の話ではない。
例えば営業という職業を例に簡単に言ってしまうと、タイ人営業はどの会社でも単なる物売りにしか過ぎないが、日本人営業はどこ会社に行っても大抵ソリューションを提案できるのだ。
例え売っている物が鉛筆だとしても、日本で勤務経験のある人間はその商品に対して知識を豊富に持ち、顧客の要求を聞き出し、適切なモデルを提案することができる。これはまぎれも無いホワイトカラー層の仕事である。しかしながら、タイ人営業は本当に、純粋に、単なる物売りなのだ。それはむしろホワイトカラー層の仕事と言うよりブルーカラーの仕事ではないか?と思う程ある。顧客より引き合いを受けたら、言われたものを出すだけで、特に提案もせず、価格を出すだけである。価格が高いと言われればそれまでである。価格表や提案書の作成ができるのは相当優秀なタイ人でも多くはないだろう。そういった文化がないし、何故それが必要であるのかが分からないからだ。
日本等の先進国はビジネス文化が成熟しており、あらゆることに対してルールが決まっている。”提案書”と言われれば大抵の日本人はどういった物を作成すればいいか相互の暗黙の了解があるが、タイにはそういった文化は根付いていない。
もっと例をあげれば、日本人営業は例えば営業のことだけではなく、社会や会社の仕組みをよく知っているし、むしろ営業の仕事だけではなく例えば購買や、経理等の知識を持っている人も少なくなく、それを営業の仕事に生かすことのできる人も多くいる。ビジネスの考え方が蓄積されており、それが非常に浸透しているのである。
何が言いたいのかというと、日本等の先進国で働くということは、世界のビジネス界で戦って行ける十分なスキル経験知識を得られるということである。日本に関しては世界トップクラスだと断言できる。タイという国で5年働いたとしても、身に付くものは日本のコンビニでバイトをするよりももしかしたら少ないのかもしれない。それほどタイの社会人というのはブルーカラー的な要素が未だ強いのである。
-何故日本で3年か?-
アジア就職に関して、まずは日本で3年働けという文句をよく見るのは、つまりこういうことだ。タイで働く3年と日本で働く3年は身に付くものの次元が違う。
幸い、アジアで日本人が働く企業は日系企業がほとんどであるから、日本で働くのと変わりないものを得ることができる。先輩社員に「タイではここは適当になっているけど本当はこうじゃなくちゃいけないんだ」と言ったことを教えてくれる。そもそも日本人同士のビジネスでは「本当はこうなんだけど、タイだからいいや」という暗黙の了解が数多くあり、タイでしか勤務経験がなければそういった暗黙の了解にも気づく事ができず、それを教えてくれる人がいなければはやりビジネスマンとして得られる物は少なくなってしまうだろう。
-アジア就職をどう考えるべきか?-
結論から言えば、アジア就職でも日系企業及び先進国系企業で働くのであれば新卒からでも全く問題ないと考えている。それはいくらタイとはいえ日系企業同士の取引は日本のビジネス文化が自然と適応されているし、タイで育ったタイ人がタイ企業で働くのとは訳が違うからだ。
日本で3年働いてからという方がよりベターだとは考えるが、25,6歳でタイのアジアの給料で満足できるか?という所に論点は絞られると思う。世界で終身雇用という考えは皆無なのだから、まずアジアに出て、国際的な場で働く感覚及びセンスを身につけ、早々に外資系などに転職するという考え方も、アジア就職にはあって然るべきだ 。
2013年6月24日月曜日
誠実さ(Sincerity)に欠ける日本人たち
私は物心ついた時から自分に正直に生きて生きてきたつもりである。
嫌なことは嫌だと言って、間違ってることは間違っていると言って来た分、随分と損な人生を送って来たようにも思えるけれど、自分の感情や意見を人に強制させられるぐらいならその方がマシだと思って生きてきた。
特に日本の様なハイコンテクストかつ集団主義を重んじる社会では、納得いかない事柄に関しても「そういうもんだから」とか「今までそうやってきた」等の理由で議論すらを拒否されることが数多くある。
中学生の頃、英語のテキストの中でSincerityという言葉に出会った。辞書には「誠実」との訳。
当時は何の疑問も持たずSincerity=誠実と丸暗記していたけれど、英語を通し英米の文化を学ぶにつれ、それは日本における誠実という意味合いからは掛け離れているものだということを理解した。
掛け離れているのも当然、日本語という言語にSincerityに近い言葉は存在しなかった。最も近い言葉が「誠実」であるためそれが便宜上訳語に用いられているだけだ。(もっとも全ての言葉がそうなのだけれど)
その違いを辞書の定義を見ながら説明してみよう。 まず誠実という言葉を国語辞典で引くと以下の定義が出てくる。
せい‐じつ【誠実】 [名・形動]私利私欲をまじえず、真心をもって人や物事に対すること。また、そのさま。「―な人柄」
一方で、Sincerityの定義はおおよそこうである。
sin·cer·i·ty [sin-ser-i-tee]noun,
"freedom from deceit, hypocrisy, or duplicity; probity in intention or in communicating; earnestness. "
(欺瞞や偽善、二枚舌からの自由な状態。コミュニケーションにおいて正直で真剣な意思があること)
もっと分かりやすい定義で言えばこうである。
"Sincerity is the virtue of one who speaks and acts truly about his or her own feelings, thoughts, and desires."
(自らの感情、考え、希望について何ら偽りもなく話すという美徳)
誠実という言葉が私利私欲をまじえず、つまり自らの感情や意見をこれ見よがしにひけらかさぬという点が主要なポイントになっているのに対して、 Sincerityという言葉は何がどうあろうと自らの思った事を話すという点に主眼がおかれている。
つまり、誠実という言葉には「彼は接客中 客に暴言を吐かれたが、誠実に対応した」といった様に、自らを押さえながらも 平常心を保ち真面目に物事に打ち込むというニュアンスがあるのに対し、 Sincerityには「彼はクラスメイト全員から非難されたが、自分の気持ちに誠実であった。」 などという様に、例えそれが間違いでも悪いことでも自らの心情に正直にいるという美徳こそがSincerityの胆そのものなのである。誠実という言葉とは正反対と言っていいほど掛け離れている概念であることが分かるだろう。
私はこの概念を知ってからより強く自分にSincereでいようと心に決めた。 会社で半ば強制的な飲み会に誘われようとおかしいと思えば断るし、お酌はしたくないからしない。 お酌をすることが、自分に対する裏切りであり、偽善であるからだ。 例えお酌をしないことでいくら暴言を吐かれようとも、自分の心にもっと正直に生きることが、自分にとっての幸せだと感じている。 日本語にはこのSincerityという概念が存在しないため自分をないがしろに生きがちだが、 日本人はこの概念を理解し自分の為に生きる人がもっと増えても良いのではないだろうか?もっと自分を犠牲にせず、正直に、人に迷惑をかけても自分に誠実に生きるべきなのではないだろうか?
「人に迷惑をかけないように生きる」という日本のお決まりのフレーズよりも、「あなたは人に迷惑をかけて生きているのだから人を許しながら生きなさい」というインドの諺の方が身にしみる。
明日からももっと自分に正直に生きたい。
(画像訳:君がどんなにこの二匹のクマが愛し合っていると"誠実"に思っていても、君は間違っている。例え君が"誠実"でも。だってクマは生きてないから。)
2013年6月15日土曜日
アジア現地採用という"意味"
現地採用という言葉は、日本語にしかない。それは、日本という文化の文脈の中で生まれた言葉だからだ。海外にある日系企業を頼り、その現地で雇ってもらう。こういった社会背景の中から生まれた言葉だ。
その言葉通り英語に訳せば、local hireとか、local employeeとかになるだろう。
しかしながら、現地採用という言葉には、特に「アジア現地採用」には多くの言外の意味、含蓄(Connotation)がある。
というのも、アジア現地採用とは発展途上国に日本より格段に低い給料で就職することを暗黙の了解としているのだ。
それが現地採用という言葉が持つ「言外の意味(Connotation)」である。
アジア現地採用にマイナスのイメージが伴うのはこのためだ。
@mota2008さんの「もりぞう海外就職紀行」によれば、
アジアでのそれぞれの新卒の給与は、
タイ... 13~14万
ベトナム... 12~14万
インドネシア...12~16万(+住宅手当5万程度)
マレーシア... 13万
シンガポール...18~21万
香港... 15~25万
となっている。
シンガポールや香港においては、条件によっては新卒で20万を超える可能性もあるため、「所謂アジア現地採用」という含意の範疇からは少し外れるかもしれない。
一般的な感覚から言えば、こんな低い給料で働くなんてありえない。となるのだろう。無論、シンガポール香港以外では、現地人からしたら相当な給料になるわけだが...。
だからといって、ずっとこの給料のままではない。
アジアでも当然転職してキャリアアップという風潮があるため、
実力があればどんどん上に這い上がることは可能だろう。
タイベトナムなどで最初働いていても、経験を積んでシンガポール等に就職し、日本並の給与に戻ることは可能だ。もちろんヨーロッパ等の先進国で就職すれば日本以上の給与を得られることは言うまでもない。
僕は今の段階では3年~5年の間はタイで働き、次はシンガポールで働いてみたいと思っている。
つまり、この数年の間低い給与で満足できるか?という話である。
答えはイエスだ。給与に関して言えば、物価を考えれば十分な生活ができる。家賃は二万弱からあるし、屋台を使えば一食70円程度だ。貯金は十分にできると考える。
それに、お金のためにタイに行く訳ではない。海外で働きたいから、海外でキャリアを積みたいから行く訳である。
僕にとって、日本で働いていた期間はギャップイヤーだった。これからが自分のやりたいことをやる人生であって、日本で働いていた期間はいわゆる学生のギャップイヤーのような感覚だったのだ。
これからが本番である。
やりたいことをやって、お金を貰って、海外でのキャリアを積める。最高じゃないか。
時々、何故ヨーロッパではなく、アジアなのか?と聞かれることがある。それはアジアが好きだからという理由もあるが、やはり最大の理由はアジアが発展しているからである。21世紀はアジアの時代である。
経済が落ち込んで来ている日本とは違い、アジアはバブルだ。日に日に成長している中で生活し、仕事をするというのは相当の充実感があるだろう。
要は考え方だ。まずはやってみなければ分からない。
2013年6月9日日曜日
タイ現地採用の給料とキャリアパス
タイでは外国人の為の最低賃金というものはありませんが、労働許可証等を更新する際の基準として以下の通り所得水準が定められています。
| No. | 国籍 | 最低所得(月) |
| 1 | ヨーロッパ諸国(ロシア除く)、オーストラリア、カナダ、日本、アメリカ | 50,000バーツ |
| 2 | 韓国、シンガポール、台湾、香港 | 45,000バーツ |
| 3 | アジア諸国(日本、韓国、シンガポール、台湾、香港、カンボジア、ミャンマーラオス、ベトナム除く)、南アメリカ、東ヨーロッパ、中央アメリカ、メキシコ、南アフリカ | 35.000バーツ |
| 4 | アフリカ諸国(南アフリカ除く)、カンボジア、ミャンマー、ラオス、ベトナム | 25,000バーツ |
日本国籍の場合はNo.1に該当しますので、最低給与は5万バーツ(約16万円 *2013年6月現在)になります。
基本的にタイの人材紹介会社に登録すると5万バーツ以下の求人を紹介されることはほとんどありません。
(コールセンターなどはそれ以下の給料で日本人を雇っているみたいですが...。)
大体数年から十数年の経験のある人でも現地採用だと5万〜8万バーツぐらいですが、逆に経験がなくても5万バーツの給与は保証されていることになります。新卒でタイに就職し、 5万バーツ+残業代が1万バーツついたとして、給与は6万バーツ(19万円)。家賃は大体1万バーツ(3万円程度)のアパートやコンドに住み、食費は3000バーツ(1万円程度)ぐらいですので、何もしなければ10~15万円は貯蓄にまわせることになります。
ただ経験を積んでも日系企業だと給与は10万バーツぐらい(31万円程度)が限界(とってもタイでは相当な高給取りですが...)だと思いますので、キャリアパスとしては2~5年程度経ったら外資系に転職するのがベストかなと思います。
やはり外資系ではタイでも10~15万バーツ(31~47万円)の給与を出しているとこが少なからずある様です。(というよりタイ人でも日本語ができる経理担当だとこれぐらい貰ってる方もいますが...日本人は英語ができないので高いお金を払っても日本語ができるタイ人を雇う他ないのかな?とも思います。)
話は少し脱線しましたが、タイで10~15万バーツの給料があれば割とゆったりとした生活が保証されると言えるでしょう。子供が2人いるとかなら別ですが、コンドミニアムも買えますし、タイには固定資産税も相続税もありませんのでお金の心配はまずなくなるかと思います。
結論として、将来外資系やシンガポールでの就職というキャリアパスがあれば、はっきり言って新卒でバンコクで働くことは全く悪くないのではと思います。逆に将来はずっと日系企業に頼って生きて行くという考えですと、なかなか「現地採用」という日本独特の枠組みから逃れられません。
日系企業では未だ駐在員で上のポジションが固められていますので、外資系を将来のキャリアに見据えておくことは必須だと考えています。
タイという海外に来てまで日本にすがって生きるのもなんだかかっこ悪いですしね。
とまあ、ざっと感じていることを書いてみました。
2013年5月30日木曜日
タイ人の英語発音
どうもこんにちは。チョンブリーおじさんです。
タイで働き始めてから半年が経ちましたが、仕事でタイ人と英語で会話してくる中で、タイ人の英語発音のルールが段々と分かってきたのでここにメモ代わりとして書いておきたいと思います。新しいルールが発見できたら随時追加する感じで。
1. 語末の子音が無声音化
まず初めに触れておかなければならないのはこれでしょう。
簡単に言えば、語末の子音が聞こえないということです。
例えば、
Smart............スマーッ
Next.............ネクッ
Microwave...マイクロウェ
と言った具合に。なので、MacもMaxもMatもMadも全て「マッ 」になります。I don't like spicy foodは「アイ ドン ライ スパイシー フー」です。日本人には相当難易度の高い英語発音と言えるでしょう。
正し大事な事は、決してタイ人が語末の子音を発音していないということではないということ。言語学的に言えば語末の子音を無声音化するという調音を行っている訳で、日本人はその調音を聞き取れないだけです。英語話者であれば多少は聞き取れます。タイ人の発音がおかしいという自らを棚に上げた考えはおやめなさい。
参考までに語末の子音の無声音化について、
タイ人英語を考察する―勘違いマクマークな使い方(http://www.sabai-life.com/thaieng.html)
が面白い例を記述していましたので紹介します。
●「イエッタデー」⇒「イエスタデー」
●「アイッティー」⇒「アイスティー」
●「スゥパイ」⇒「スプライト」
●「ロイエン」⇒「ロイヤルガーデン」 ※デパートの名前
●「マイッ」⇒「マイクショッピングモール」 ※デパートの名前
●「センタン」⇒「セントラルデパート」 ※デパートの名前
●「ウォーキンッ」⇒「ウォーキングストリート」
●「テェクシィー」⇒「タクシー」
●「ディスコォー」⇒「ディスコ」
●「ヤクゥン」⇒「ヤクルト」
●「エース」⇒「エイズ」
●「カスィノー」⇒「カジノ」
●「フッボン」⇒「フットボール」
●「キスマス」⇒「クリスマス」
タイにきて一番驚いたのはアイスクリーム...アイティムですかね。。
タイ人「アイティム食べる?」
私「えっ」
タイ人「アイティム」
私「えっ」
って感じでした。
2. SHとCHの違いの概念が強く認識されていない。
タイ語ではSHとCHの違いがほとんどないと言ってもいいでしょう。CHはSHの音で代用可能です。つまり「シ」と「チ」が同じ音です。これはフランス語も同じだと聞いたことがあります。英語でもイギリス系の英語を喋る人は違いが微妙になっています。
例を挙げますと、
Chocolate...ショコレーッでもチョコレーッでも可。
Chin...シンでもチンでも可。
英語では「そうです」と言う時、「チャイ」という言葉を使いますが、「シャイ」と言ってもまず通じるでしょう。タイ人には「あれ?なんか変だな?」と思われるかもしれませんが、SHとCHと区別が無いので通じてしまうのです。これは日本人がSH音とS音とTH音の区別が無いのと同じで、シンガポール、シィンガポール、Thィンガポール、どれで発音しても通じてしまうのと同じことです。当然ですがポンガポールと言っても通じませんよね。これは日本語ではSH音とP音で意味の区別があるからです。
3.語尾のL音はN音へ
実はこれ、広東語でも同じなのですが、語末のL音がN音になります。
例えば
Hotel...ホテン
Ball...ボーン
これはタイ語のLを表す文字が語末に来るとN音に変化するというルールがあるからで、そのタイ語のルールをそのまま適応しているからこうなるんです。
タクシードライバーに「ホテル」と言って通じない場合は「ホテン!」というといいかも。
同様にS音が語末に来た場合にもT音になることがあり、
例えばHouse...ハウッ とかになったりします。
4.二重母音は長母音へ
これは日本語でもそうなのですが、ouがooに、eiがeeなどに変化します。
ですので、
Homemade...ホーメー
boat...ボー
goal...ゴー
gate...ゲー
gay...ゲー
特にHomemadeなんて最初言われた時は何回聞いてもわかりませんでした。。語末の子音が消えるのみならず、こういったタイ語特有のルールが二つ重なった時は今でも相当苦労しています。
大体今ざっと考えるだけで特に重要なタイ人の英語発音はこれぐらいだと思います。間違えている点がありましたら是非教えて下さい。
また新しいルールを発見し次第また追加していきますが、実はそれほど難しいものではありません。
タイ人の英語発音と同等に日本人の英語発音も聞き手には難しいものです。タイ人の英語発音は分かりにくいという人がいますが、自らの英語力の無さをおおっ広げに自慢するのはやめましょう。
では。
2013年2月3日日曜日
僕の考える英語学習
英語学習に関してはおびただしいほどの学習指南書が世に蔓延っていて、更に専門家がそれぞれ好き勝手なことを言っている。本屋に行けば「英語は前置詞だ」とか、その隣には「英語は動詞だ」とか、「英語はこの100のフレーズを覚えれば喋れるようになる」とか、売れるためだけのセンセーショナルな題名が目立つ。もちろん、そういうのは全部嘘だ。売りたいがためにそういった嘘をついているのである。そういった類の本は、楽して言語を喋れるようになりたいと思う人ホイホイなので注意。
この記事では、自分の経験を参考に、どういう英語学習が一番効果が発揮されるのか?ということを淡々と書いていきたい。
1.リーディングの向上
僕は音読主義者だから、もしくは恩師が音読主義者であったから、中学校の頃の教科書は何度も音読して覚えた。厳密に言えば覚えたのではない。 音読をしすぎたので、冒頭の数語を口に出すと歌の様に次々と言葉が出てくるようになっただけである。そうして「体に染みついた」ことで、英語のリズムや、 鼓動、息づかいが段々分かってきた。文法問題は圧倒的に得意になった。一つ例を挙げたい。例えば、「Alice was beginning to get very tired of sitting by her sister, ・・・」という文を音読で覚えたとする。そうすると、「Aliceという三人称の次に来るのはwasであり、wasの次に来るのは動詞の-ing形であり、beginの次にはtoが必要で、「疲れた」を表すのはget tired・・・と言った文法規則或いは英語の言い回し、無意識の中で体の中に染みこませることができる。この文を吸収した者は、*Hanako were…とか*She was buy…などのような、全く別の文章の中でも、間違いをすることが少なくなる。体に染みこんでいる文章が多ければ多いほど、「英語が分かってくる」のだ。 音読して多くの英語の文章が体に染みついている人には、英作文などのアウトプットも容易いことになる。体に染みついている文章を少し変えたりするだけで文 章が書けてしまうからだ。
大量の文章を読みこんでいればいるほど、自然と間違った英文に対して違和感を持つようになる。大量の文章を読みこんでいると、英文法の本には決して載っていない、ネイティブが感じる目に見えない心の文法が分かってきて、英語の名文などを読んでも手に取るように文章を感じることができる。
僕自身は高校時代に総合英語 Forest(フォレスト)を片っ端から頭の中に叩き込み、英語力向上に大いに役に立った。文法はことばの骨組みだから、文法が分からなければ文章がまるで入ってこないからだ。
ただ、一つだけ盲点だったのは、フォレストなどの英文法書には、その文法が醸し出す独特のニュアンスの説明がない。これでは心の琴線に触れるような名文を楽しむことができないし、言語を数学のパズルのように感じていてもしょうがない。
音読で使う文章のレベルを少しづつあげていけば、同時に英単語を覚えることもできるし、文法の細かなニュアンスも分かってくる。それほど、音読は素晴らしい言語学習方法のうちの一つなのだ。
2.ライティングの向上
日本の英語教育では、ライティングやスピーキングの能力を上げることが非常に難しい。これは、学校に頼らず、全て自分でやらなければならないと言っても過言ではない。ライティングの力を伸ばす一番の方法は、自分で英文を書いて、それを添削してもらうこと
だ。音読で培った英文の引き出しを、ここでアウトプットすることになる。英文を書く際、自分のインプットが足りない場合は、英辞郎などを参考にして書くと良いだろう。豊富な例文があるので、文脈にあった単語や熟語を選びやすい。
しかしながら、添削してもらえる人や機関があるというのは非常に恵まれており、ほとんどの人はそういった環境にはいないかもしれない。そういう時には、自分の英語をネットユーザーが添削してくれるLang-8を利用すると良いかもしれない。また他の例としては、他人のライティングを片っ端から書いて音読し、自分のものにしてしまうことだ自分の中の英文の引き出しが多くなれば多くなるほど、ライティングは楽なものになっていく。
3.リスニングの向上
リスニングの向上には、英語の発音の仕組みを知ることがまず重要かも知れない。例えば、Did itをディドイットではなくディディットと組み合わせで発音するリエゾンや、Letterのttが上あごを舌で叩くような音に変化することなどだ。
しかしながら、もっと重要なことがある。
そもそも読んでわからない英語を聞いても分かるわけがない。ここが多くの人が陥っている罠ではないかと思うのだが、圧倒的なインプットがあれば、文脈の推測や、文法力、決まった言いまわしを知っていることで、ほとんどのリスニングはできるだろう。よく、『発音できない音は聞き取れない』などというが、これは実は半分当たっていて半分はずれている。確かに発音できない音は聞き取れないが、先ほどの文脈の推測などの力でリスニングをカバーできているのだ。その証拠に、Good morningは、多くの場合、Goob morningと発音されている。日本人のほとんどがその事実に気付かないが、Good morningと脳内変換し、聞き取れているではないか!
4.スピーキングの向上
これもまた、日本における英語教育では非常におろそかにされる分野であり、ほとんどの日本人が苦手とする分野だと思う。これもまた、添削してくれる人がいつも傍にいればいいのだが、中々そうはいかない。だから、自分なりに『環境問題について今から喋ってみよう』などして、言いたいことが言えないなど詰まった時に、辞書を引いて言いたい表現を覚えていくという方法が結構有用だと思う。
また、ライティングの向上と同様だが、有名な人のスピーチやインタビューを全て丸暗記してしまうというのも手だ。これでスピーキングの言いまわしのストックが増え、スピーキングに強くなることができる。
僕がアウトプットに関して言えるのは、子供のようにネイティブの表現を丸パクリしていくのがベストではないかということだ。そうして表現を覚えていく中で、自分で自由に英文を作っていくような力が自然とついてくるのである。
5.発音の向上
発音はどれだけ歳を取っていても絶対によくなる。成人した日本人が英語の発音を習得するのは不可能だ、という話を友人などからたまに聞く。しかし、発音(完璧ではないにしろ)を習得する方法は確実に存在するし、ないというのなら、19世紀からの歴史を持つ調音音声学に対する冒涜ではないのか。その方法とは、簡単に言えば、調音位置・方法に基づきながら、発音の基礎を徹底的に固めることである。聞いてすぐ発音できるようになるというのは、並大抵の業ではない。中津燎子は、著書「なんで英語やるの?」の中で、恩師であるJ・山城氏に受けた発音レッスンの事について綴っているが、彼の一番初めのレッスンでは、アルファベットの「A」の練習から始まり、結局1時間中「A」の練習のみで終始したそうである。これは、映画「My Fair Lady」の中で、言語学者ヒギンズ教授が訛りのひどい花売り娘イライザに容赦ないやり方で発音矯正をしたのとなんら変わりの無いことではないか。同じ言語を話すイギリス人でさえ、別のアクセントを習得するのは並大抵の努力が必要なのである。
この明白な例から、赤ん坊の様なスポンジの脳を持っていない私達は、やはり発音も徹底的に学ばなければならないという事がわかる。ある種の天才を除き、成人した人間が外国語を聞き流すだけで発音ができるようにはならないのだ。しかし、訓練さえすれば、相手の理解を妨げない程度の発音にまでは、誰でもできる。その方法とは何か?
まず、発音記号とその音声の結びつきを学ぶ。英語はスペリングと発音が一致していないことが多いから、発音記号の学習は必須である。そもそも、日本語の「あ」に相当する音が英語にいくつもあることを、訓練なしで聞き分けられる人がいるだろうか。
書店に行けば、発音記号の説明と、英語の母音と子音、そしていくつかの単語の発音を収録しているCD付きの本があるから、それを買うか、インターネットで検索すればそういうサイトはいくらでも出てくる。まず「a」から始めるのだ。一回聞いて終わりではない。英語で使われている母音は全て日本語にはないものだ。毎日何回も聞いて、何回も発音し、できたと思ったら自分の音声を録音して自分で聞いてみて、CDと同じだったら合格だ。母音と子音が終わったら、後は単語である。日本語話者は英語の単語に母音を 挿入する癖があるので、「Dog」とか「Cat」の語末の子音を発音できるようになるまで何回も練習するのだ。これが終われば、実際の文章の発音の練習に 入る。ここまで来ると、発音の例外のパラダイスである。Good morningの発音が、Goob morningと発音されていても、うろたえてはいけない。例外は永遠に終わらないのだ。
発音が良くならないのは、正しい勉強法で発音を勉強してないからだ。リスニングを10000時間しても、発音は一切よくならない。理由は明白で、発音の練習をしていないからだ。聞き流しで発音が良くなるというのは甘ちゃんの考えであり、怠惰な人間が為し得るどうしようもない行為である。
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